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家族にまつわる物語九選

 先日、十数回目の私たち夫婦の結婚記念日が過ぎ去った。

 結婚して新しい家族を作るというのはとても不思議な営みだ。結婚は自分と他人の人生の責任を分け合うことで、よくよく考えると恐ろしいことだと思う。不確定要素が多すぎて、きちんと損得勘定していると結婚に踏み出すことはできないだろう。

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 上記の記事で、ジェーン・スーさんが「『うっかり』契約を結んでしまって、ひとまずその契約状態の中で最高の生活、最高のパフォーマンスをしようと努力するし、できなきゃ離婚になる」と言っておられるが、まさしくそのとおりのように思う。私が結婚できたのは、私も夫もうっかりしていたからだろうな。

 「家族というのは祝福であり呪い」。江國香織さんがこんな感じのことをどこかで書いていた(「流しの下の骨」のあとがきだったような気がするがエッセイだったかもしれない)。家族は最小の社会単位であるが、子どもは自分の所属する家族を自分で選ぶことができない。子どもはその家族から多くの祝福と呪いを受けて、親とどこか似た大人になる。そして、大人になった多くの子どもは、自分の家族と似ている家族を作ってしまう。

 私の実家にも、人に言えるものから言えないものまで様々な事情がある。そういう様々な事情が複雑に絡み合って、今の私ができている。私は私の家族の嫌な部分も良い部分も全部引き継いだ上で、新しく家族を作った。娘たちも大人になったら、私たちの家族とどこか似た家族をつくるのかもしれない。

 私は昔から家族にまつわる物語が大好きだ。なぜなら、通常は他所の家族の事情を詮索するのはお行儀の悪いこととされている。さらに、他所の家族の事情は、厚いヴェールに包まれていて詳細を見ることができない。物語には仔細に他人の家が描写されており、因果応報や理不尽さ、愛憎も尊さも祝福も呪いも見ることができる。

 ということで、私のおすすめの家族にまつわる物語を紹介します。

 

百年の孤独

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

 

蜃気楼の村マコンドの開拓者一族ブエンディア家の100年の物語。家族の物語であると同時に、架空の村マコンドの開拓・隆盛・滅亡の物語でもある。同じ名前の人間ばかりが出てきてとても混乱させられるが(ブエンディア家の男たちはアルカディオかアルリャレのどちらか)、同じ名前を持つということ自体が幸運も不幸もすべてを引き継がせるという意味合いを持っているようにも思う。ブエンディア家のビッグマザーともいえるウルスラがとても魅力的で、ろくでなしの男たちにも愛を注ぎ、いつまでも長生きし、家族を見守り続ける。どこを切り取っても面白いが、物語の畳み方にも圧倒される。

カラマーゾフの兄弟

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

 

 2013年にドラマ化されていたようだ(私は残念ながら未見)。大審問官の章も魅力的だが、汚らわしい父の血を引き継いでしまったが故に、運命に翻弄される兄弟たちの人間ドラマとしてもとても面白い。無垢なる存在の末弟アリョーシャが主人公となる続編が書かれる予定だったのにドフトエフスキーの逝去により書かれることはなかった。それ、めっちゃ読みたかったよ。

抱擁、あるいはライスには塩を 

抱擁、あるいはライスには塩を

抱擁、あるいはライスには塩を

 

三世代にわたる柳島家の物語。章ごとに時代、語り手が異なり、この風変わりな家族を多角的に描写している。家族であっても、ある人物には見えている真実が他の家族には隠されて見えていない。「家族に隠し事なんて水くさい」という考えをする人もいるかもしれないが、家族だからこそ隠し事をする。家族のもつ芳醇で複雑な闇を垣間見ることができる。

「抱擁、あるいはライスには塩を」というタイトルはすばらしい。こんなに奇妙なタイトルなのにこの家族の物語を表すのにこれ以上に最適なタイトルはない。江國香織さんは「きらきらひかる 」「流しのしたの骨 」「間宮兄弟」など、多様な家族の物語を書いていてどれもとても面白いのだけれども、世代を超えた家族の継承の物語ということでこれを選んだ。

楡家の人びと

楡家の人びと (1964年)

楡家の人びと (1964年)

 

北杜夫が自身の家族をモデルにして書いた精神科医一家の物語。高校生の時以来、再読できていないので、まともに紹介できない。メロドラマのようでとても面白かったこと、赤いサイダーがやたらと甘そうだったことが印象に残っている。解説に「北杜夫トーマス・マンの正しい継承者」と書かれていたが、トーマス・マンは残念ながら未読。

西の魔女が死んだ

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

 

不登校の中学生とイギリス人の祖母の短い生活を描いた物語。「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ」という祖母の言葉がすごく好きだ。私が中学生の頃にこの本を読むことができていたら、間違いなく私のバイブルになっていたと思う。梨木香歩の家族にまつわる物語としては、「沼地のある森を抜けて」もおすすめ。

アンナ・カレーニナ

 

アンナ・カレーニナ〈上〉 (岩波文庫)

アンナ・カレーニナ〈上〉 (岩波文庫)

 

「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である」。あまりにも有名なこの冒頭に、家族にまるわる物語のエッセンスがつまっている。三種類の家族のあり方が描かれるのだが、一番地道で安定しているリョーヴィン家はトルストイ本人の家庭観を表しているようだ。アンナは不倫という罪を犯してしまう存在だが、罪人として罰せられるのではなくとても魅力的に描かれていた。

嵐が丘

嵐が丘(上) (岩波文庫)

嵐が丘(上) (岩波文庫)

 

アーンショウ家とリントン家の三代にわたって繰り広げられる因縁の物語。時系列が入り乱れたり、主要な語り手がしばしば正しくない情報を述べたりするので、物語がとても複雑になり、ミステリーのような面白さがあった。ケイト・ブッシュの「嵐が丘」はこの物語の世界観をうまく表現している名曲だと思う。

ダイエット

ダイエット (あすかコミックス)

ダイエット (あすかコミックス)

 

機能不全家族に育った少女が過食と拒食を繰り返す話。とても痛々しいエピソードばかりなのに、静かに淡々と描かれている。 最後に擬似家族を得ることで、自己承認に向けた解決の可能性を示唆していて、大島弓子らしい繊細で美しく優しい物語。

輪るピングドラム

あらすじの説明がすごく難しい。キーワードは、親からの継承、疑似家族、運命を分かち合うといったところかな。星野リリィ原案のキャラデザインも素晴らしいし、舞台装置も音楽も主題歌もセンスがよくて毎週見るのがとても楽しみだった。

 


今は発言小町などで他所の家族の覗き見は容易になっている感があるけれど、物語ほどの濃厚な家族の物語はほとんどないし、架空の物語でしか描けない普遍的な真実があるように思う。